Welt wunder
MMORPG「マスターオブエピック」の2次創作&オリジナル小説置き場兼MoE日記。誰が得するかって俺得。
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2009
04/18
Sat.
さよこい えくすてんど
第1章 2の幕 「さよならが運ぶ爽やかな風があるようです」
藤代耕平と篠崎睦美の何でもないような一幕から幾許かの時が過ぎた。
睦美の方は日頃から真面目に勉強に取り組んでいる為、一度の補講だけで単位を取得するに至った。
後から聞いた話だが、彼女はとっくに進級が決まっていたらしいが、実家との約束だの何だので選んだ科目は全て単位を取得しなければならなかったのだとか。
耕平はと言うと、その日移行1週間ほど大学で補講や課題をこなし、寝るためだけに自宅へ戻るという生活をしてやっとの事でお情けばかりの単位を手に入れ、進級する事が出来た。
そして、あっという間に年次が変わった。
「……」
何時ものように苛烈な太陽光の刺激を受けつつ、耕平は大学への道を進む。
何時ぞやの様に眠れなかった為ではなく、寝なかった、つまり徹夜のせいでの寝不足。
趣味への追求と言うものは時に感覚すらも吹き飛ばしてしまうもので、こういうときにツケが回ってくる。
これでは何のために進級したのかという話になるが、金銭的な問題などと言う得てして現実的な理由。
一人暮らしをしている彼は実家に居る両親には至って真面目なキャンパスライフを送っていると証明し続けなければならない。この街に出てくる際『もし留年したら仕送りストップするよ』等と言われていれば必死にもなるだろう。
バイトでも探そうかと思うが、やはり趣味への追求が優先となってしまう辺り、耕平には快楽主義の気があると言えよう。
さて、季節は完全に温かみを帯びた春。
桜の花は次の春への準備をする為、しばしの休憩に入ろうとしている。
舞い散る花びらは器用に耕平だけにぶつからず地面へ。
まるで花びらの方が『アンタなんかに関わりたくないよ』と言っている様。
耕平はそんな事を気にする事もなく、憂鬱そうに正門をくぐる。
「皆元気だなぁ」
サークルの勧誘に必死な同学年、若しくは後輩、或いは先輩の笑顔や声が耕平には遠く感じられる。
そういえば何故自分はサークルに入っていないのかと考えて、同じような勧誘を全てうざったいと思い無視していたらこうなっていた事を思い出した。
もしあの時どれか一つでも心に響くような勧誘があったのなら、耕平のキャンパスライフにももう少し日の目が当たったのかもしれない。
耳を塞ぐのが面倒なので、足早に校舎へと向かっていった。
さすがに去年度の二の舞はしたくないと、新しい年度になってからはある程度生活のリズムを整え始めたが。
「新しいキャラの構成はどうしようかなぁ」
こんな事を言っているようでは、いつまで持つのかと疑問を浮かべる余地もない。
要するに、去年度の二の舞が良いオチ。
下手すれば両親からの仕送りストップと相成るだろう。
「次の講義は午後だな……」
こういう適当な間が空いた時、彼は、
「今年も宜しく」
見慣れた札を見上げ、呟いて。
学生共用コンピュータ室へと足を運ぶ。
ここのパソコンは去年入れ替えられ、当時としては耕平がお気に入りなメーカーのデスクトップPCが35台(内大は修理中、また、2台はコンピュータウィルスに冒されネットワーク遮断中)置かれている。
無駄な設備に金をかけるより、こういうものに金を掛ける方が耕平に取っては有り難い。
「お、誰も居ない」
そりゃ、皆真面目に講義を受けているのだからいるわけがない。
何時も自分が陣取っている隅っこのデスクにカバンを置き椅子に腰掛ける。耕平に合わせて調整された(彼が10分ほどの時間を掛けて調整した)それは何時もどおりの座り心地。
「調整するの面倒だからなぁ」
神経質ともいえる行動だが、こうでないと集中出来ない彼の性格なのだから仕方がない。集中できるのはいいことだが、どうでもいいことには煩雑になる辺り、なんとも言えない。
何時ものように電源をつけ、予め買っておいた紙パックのコーヒーを傍らに。
通常この様な場所では飲食禁止と言うのが当たり前だが、以前ここを管理している助教授がこの場(アプリの街、ノベル職人作品内では)では表現しづらい行為を偶然目撃してしまって以来、助教授本人からばれなければOKという暗黙の了解を得ている。
人間誰しもうっかり何てものはあるが、普段PCを巧みに操る彼はそれに気をつけて扱っている。
というより、自宅のパソコン本体にジュースを零してしまい、それがトラウマに近い現象として頭に残り常に警告を促している。
自宅でやってしまったことも相当焦ったが、大学でそんな事をやってしまっては持っての外。
全ては無意識下だが、だからこそ注意深くもなるというもの。
人がそのPCを使いたくなくなるようなデスクトップ――どんなものかは諸兄等の想像にお任せしよう。間違ってもR18指定のそれではないが――からインターネットのブラウザを立ち上げ、底の無い電子世界へと身を沈める。
同じ趣味を持つ同志の最近の動向をチェックし、気になったところはコメントや掲示板への書き込み。
会話の種になりそうなネタを各所から読み取り頭の隅っこへ。
「スト4の注意書きねぇ……」
ケンばかり使うなとか、当て投げするなとか。
インターネットの特性を分かっていない輩の意見だと思ってしまう。
お互い顔を合わせない世界だからこそ、そういうルールが出来てしまうのかもしれないが、それすらもどこの誰が考えたとも分からないようなルール。
耕平が追求する趣味も、そんなルールはある。
彼自身が守らねばならないと思ったものは守っているし、これはおかしいだろうと思ったものは行動で抗議している。
そのため幾度も言い争いに巻き込まれたし、巻き込んだ。
大半が『自分の為に相手を抑制する』と遠まわしに言っているようなものだから、9割方相手が折れるのだが……。
「ゲームである以上、娯楽に分類されるんだからお互い譲り合いが大切だよな」
そんな感想を呟き、次のネタの探索へ。
「おじゃましまーす!」
とそこへ、明るい調子の声。
「あ」
「え?」
声の主と一瞬だけ眼が合った。
女の子である。1人先行して入ってきて、続けて2人。
先行して入ってきた子を観察してみれば、春らしい色の服装に朗らかな顔がぴったり。身体の線は若干細いがそれがまた、ギャップとなり良い印象。
後方の2人もかなりレベルの高い部類に属されるかもしれないが、先の子は別格といった所。
可愛い。うん、可愛い。かなり可愛い。
「こんにちは」
女の子の表情が少しだけ強張り、そのまま挨拶。
先客がこんな奴じゃ表情が強張るのも当たり前、といったところ。
「……」
耕平は座ったまま会釈を返す。
「ここって誰でも使っていいんですよね?」
若干心配そうに、女の子が尋ねた。
どうやらこんな事を聞く辺り彼女は新入生か。PCの似合わない女の子も居たものだ、と耕平は思った。
「あぁ……うん、ログインとかに必要なIDやパスワードも無いよ」
若干の制限はあるが、それでもかなり緩いほうである。
何故かと言えば、耕平のPCだけその制限を解除してあるというわけで。
たかだが学生に制限を解除されているようでは駄目ダメ、のだめだ。
「そうなんですか、ありがとうございますっ」
それを聞いて安心したのか、女の子達は耕平から遠からず近からずの位置へ。
なんとも微妙な距離感だ。
この主人公に見ず知らずの女の子と愛想よく会話をつなげ続けられるようなスキルがあるかと言えば、第1章1の幕を見れば分かるとおり。
なので、沈黙。
視線の外れで、女の子3人のきゃぴきゃぴとした会話が繰り広げられるばかり。
キーボードを叩く無機質な音は、耕平のそれと違ってかなり軽快で、まるでキーボードが『もっとタイピングしてくれ!』と望んでいるかの様。
「打つの速いねー!」
どうやら後方の2人はPCの知識に関しては疎いらしい。
「これでもワープロ検定1級持ってるんだー」
ちょっと自慢げで嬉々とした表情。やはり可愛い。
「IEかぁ、できるなら火狐ダウンロードしちゃおうかな」
――この娘、中々やりおる。
「何それ?」
「インターネットを見る方法はこれだけじゃないんだよ、むしろIEは駄目な方」
「そうなんだ~。うちも家に帰ったら調べてみようかな」
「火狐って言うのがいいの?」
「ファイヤーフォックス(FireFox)はお勧めかな。人によって違うけど。わたしはスレイプニル(Sleipnir)が好き」
「沢山あるんだね……」
後方の女の子が驚いているのは、恐らく先行の女の子が画面を見ずとも完璧にタイピングを出来ているというのにもあるはず。
「ダウンロードする場所が英語のサイトって言うのが多いから敬遠されがちだけど、そのぶん発展してるじゃない?ってこれは、マスt……知り合いから教えて貰ったんだ」
「何? 彼氏?」
「こういうのに詳しい男の人ってちょっと、あれだよね~」
得てして女の子と言うのは自分の知らない他人=色恋対象としてしまう傾向があるのかもしれない。
「そんなじゃないよー。男の人だけど、本当にただの知り合い」
「男の方は咲の事、彼女だって思ってるかもよー?」
耕平には声しか聞こえないが、表情は恐らくニヤニヤしているのが思い浮かぶ。
「ありえないよ、それは。最近会ってないけどいっつも妹のような扱いされてるもん」
どうやら、PCを操っている女の子は咲、と言う名前らしい。容姿に似合った良い名前だな、と耕平は彼女に名をつけた両親に心の中で勝手な評価。
「分かってないなぁ~。そういう関係だからこそ、恋や愛に発展するんだよ?」
「そうなればいいんだけどね……」
「で、何のサイト見てるの?」
「んー? 知り合いのブログだよ。ほら、ゲームの」
「聞かされるたびに思うけど、ほんっと意外。咲がそういうゲームやってるなんて」
どういうゲームだろうか。
「面白いからいいのっ。良い人ばかりだし」
「咲が女だからって言い寄るのが多いんじゃない?」
事実、どんな状況においても。現実では『女性』というファクターが男性を引き寄せる。
所詮は画面を介しているだけの関係なのに愚かしい。というのは耕平の心境を用いた作者の意見だが。
そういったゲームをきっかけに結婚に行き着いたカップルも居るのだというから中々侮れないにしろ、ゲームにのめりこむようなやからと言うのは大概、
「……」
こんな奴である。
「さーて、わたしもブログ更新しようっと」
「ん」
仕方なく耳に流れてくる会話が、耕平に引っ掛かった。
「あれ?」
「なに、これ?アクセス制限って出てるけど」
「えーっ!?そんなぁ~」
大声が気になったので、視線を向けてみれば咲がへなへなと椅子にもたれかかっている姿が見えた。
「ずっと更新滞ってたから早くやっちゃいたいんだけどなぁ……」
「家からでも良いと思うけど」
どうして咲がここまでの落胆をみせるのかがわからない、と疑問を口に出す。
「なみちゃんは知ってるでしょ? わたしが家でどれだけネットの制限されてたか」
「それは咲が悪いような気もするけどね」
「どゆこと?」
「この子一時期本当に病気なんじゃないかって思えるほどゲームにのめりこんじゃってね。しばらくインターネットの接続切られてたんだって」
「仕方ないでしょ~? 面白いんだもん」
「そんなに面白いならうちもやってみようかなぁ」
「棗さんなら、歓迎するよっ!」
「調子に乗らないの」
「なみちゃんだってやってるくせに~」
「あ、こらっ!それ内緒だって――大体変な虫が咲に寄り付かないように監視してるだけよっ!」
耕平からすれば現実に写るツンデレ。不覚にも可愛いと思ってしまう愚か者。
「くすくす、いいなぁ。ますますうちも仲間に加えて欲しくなっちゃう」
「まぁ、止めはしないけど……。どうするの? これ」
「あ」
輝いていた表情が、再びしゅん、と。
「――フィルターが掛ってるのかもしれないね」
ディスプレイに目を向け、タイピングをしつつ。
まるで興味が無いように、声を掛ける。
「?」
咲達が耕平に注目の視線。
「ここのPC、誰でも使えて一件便利なようだけど。ここからはアクセス出来ないサイトがあるんだよ」
恐らく犯罪の予備防止のようなものだろう。
「例えばウィキペディア。開いてみるといいよ」
「あ、はい」
軽快なタイピング音が数秒響き、
「本当だ……」
咲が開こうとしていたサイトと似たような警告文が、本来ウィキペディアを表示するURL先に出ていた。
「レポートとか資料にそのまんまコピー&ペーストするような不届き者がいてね。この前規制が掛ったんだ」
まぁ、その原因を作ったのはほかならぬ耕平なのだが、ここでは彼が名誉を守る為、黙る。
「アンサイクロペディアが開けるのは皮肉な物だけどね」
「くす……」
咲だけが反応した。どうやら見た事があるらしい。
「何それ?」
なみちゃん、と呼ばれた女の子が咲に解説を求む。
「あとでアクセスしたげる。面白いよ~」
「東京タワーは約213hy(禁則事項です)」
「「??」」
なみちゃん、棗は無反応。それどころか何のことやらと言った表情。
「……っ」
対して咲は笑いを堪えている。
「見ればわかるよ」
「――で、アクセス規制……でしたっけ」
冷静な二人は、さっさと疑問を解消したい様子。
「どうにかならないの?」
「ここを管理してる教授の部屋に潜入して、パスワードを解読して、其処のPCの規制を解除出来ればいいんだけど」
普通の学生ならそんな事が出来る訳ない。
「できるわけないですよね~」
「出来る、かも」
普通なら。
先の文を読み返していただければ、見当はつくだろう。
ただ耕平と言う例外がすでに居る以上、教授もそう快く首を縦に振るとは思えない。
「そこのPCだけを使うって言うなら、何とかできると思う」
だが、利用出来る物は利用する。
「ホントですかっ?」
「流石に今日は無理だけどね」
「それじゃだめじゃないですか……」
耕平が彼女等に声を掛けた理由はほんの僅かな親切心からである。
確かに、3人は可愛い。特に咲に至ってはどストライクだったり。
だがそういう下心を無しにして耕平は、身勝手に話を進めていく。
「僕が今使ってるPCなんだけどさ、ここだけ規制が解除されてたりするよ」
「……ってことは?」
「僕はもうやる事が済んだから、ここを使うならどうぞ」
勿論、ネットの履歴は消去。
見られたくないファイルは隠しフォルダにして(咲には見破られるかもしれないが、何もしないよりましだろうということで)、耕平は荷物を纏めつつ立ち上がる。
「親切心なら受け取りますけど……」
「見返りを求めて咲やあたし達に何かしようとするんなら――」
「するわけないよ。自慢じゃないけど、そんな度胸はないからさ」
そんな事ができるのは趣味に没頭している時くらいのものである。それでも実際の経験が足りないせいで大概は失敗するし、成功しても進展しない。
意味の捉え方は諸兄諸姉等に任せる。
「それでもけいくぁ……警戒するって言うなら、この部屋から出てく。それでいいか、な?」
緊張ソコソコ、セリフ噛み噛み。
睦美のおかげで少しは矯正されたかと思えば、まったくそんなことはなく。
口の回し方だけは饒舌だが耕平は『どうやってこの場面を切り抜けるか』ということに集中していた。
「それじゃ、今日だけお借りしますね。えーと……」
どうやら、名前を訊かれているらしい。
「耕平。藤代耕平。一応環境工学部の3年」
「藤代先輩ですね。わたしは加賀谷咲。環境園芸学部、新入生ですっ。右の子が」
「時田佳奈美、同じく環境園芸の1年よ」
「で、左が」
「伴野棗、以下同文」
それぞれが、それぞれらしい良い名前だと思ったが、口に出したら下心があると思われるため出さず。
「それじゃ加賀谷さん、使い終わったら空調とPCの電源ちゃんと落としておいてね」
「はい! ありがとうございます」
頷いて、咲は名前のように開いた花と思わんばかりの可憐な笑みを浮かべた。
「き、気にしないで」
あまりの眩しさに耕平はどぎまぎ。
睦美とは違って親しみやすいかもしれないが、これはこれで手が届かない存在とでも言うべきだろう。
恐らく今後関わることも、もうないはず。
教室から出て数メートル程進んだとき、ある事に気付いた。
「そういえば」
今回も『女の子の方から』声をかけてきた。
結果的には単なる挨拶と儀礼じみたそれだったものの、会話には違いない。
「1年半分の運がぁぁぁぁ」
がっくりと項垂れつつ、耕平はとぼとぼと廊下を進んでいった――
「もっと食いついてくるかと思ったら、見た目どおりのヘタレだったね」
耕平が完全に消えたところで、棗が呟いた。
「わざわざ場所を空けてくれた人に対して、それは失礼だと思うよ?」
ブログの編集を始めた咲は、不満を言う棗を諌めに掛る。
「駄目駄目! 咲にはアタシがいるんだからっ!」
そこにまったく関係のない佳奈美が先に抱き着いて宣言。
「くすくす……本気で言っているんだとしたら、うちは応援するしかないね」
「え?ええっ?」
言葉の本質が理解できず、咲はただただ困惑するばかり。キーボードは相変わらず叩かれているのだから中々図太い神経を持っているかもしれないが。
「いいのよっ、咲はそうやってわたわたしてれば」
耕平には見せていない、寧ろこれが加賀谷咲と言う人物の素の姿なのだろう。
「まぁ、悪い事をしそうな人には、見えなかったけど」
「でも規制を解除しちゃうなんてロクでもないことしてるんじゃない?」
「また会った時に真相を聞けば良いと思うよ」
「うちはああいうパッとしないのには関わりたくないなぁ~。華やかながら短い4年のキャンパスライフだよ? もっと良いオトコ見つけなきゃ、ね?」
そんな事をいえるのは、ある意味棗だからこその特権。この場合咲が言っても似合わないし、佳奈美に至っては先にしか目がいってないため。
「パッとしない、かぁ」
一瞬だが、咲には耕平の姿がある人物の像と被って見えた。
「でも、マスターにちょっとだけ似てるかも」
佳奈美ほどではないが、よく知る、彼女のとある仲間に。
「ん? 何か言った?」
ぎょろり。
「な、なんでもないよっ!」
ぎくっ。
「あーやーしーいー。吐けッ! 吐きなさい!」
ギリギリギリギリ。
「くるしいよ~」
何時もよりずっと喧しい共用コンピュータ室。
声の本は紛れもなく、別れが運んできた小さな風に過ぎない――
「これで、またマスターに会える……」
第1章 2の幕 了
睦美の方は日頃から真面目に勉強に取り組んでいる為、一度の補講だけで単位を取得するに至った。
後から聞いた話だが、彼女はとっくに進級が決まっていたらしいが、実家との約束だの何だので選んだ科目は全て単位を取得しなければならなかったのだとか。
耕平はと言うと、その日移行1週間ほど大学で補講や課題をこなし、寝るためだけに自宅へ戻るという生活をしてやっとの事でお情けばかりの単位を手に入れ、進級する事が出来た。
そして、あっという間に年次が変わった。
「……」
何時ものように苛烈な太陽光の刺激を受けつつ、耕平は大学への道を進む。
何時ぞやの様に眠れなかった為ではなく、寝なかった、つまり徹夜のせいでの寝不足。
趣味への追求と言うものは時に感覚すらも吹き飛ばしてしまうもので、こういうときにツケが回ってくる。
これでは何のために進級したのかという話になるが、金銭的な問題などと言う得てして現実的な理由。
一人暮らしをしている彼は実家に居る両親には至って真面目なキャンパスライフを送っていると証明し続けなければならない。この街に出てくる際『もし留年したら仕送りストップするよ』等と言われていれば必死にもなるだろう。
バイトでも探そうかと思うが、やはり趣味への追求が優先となってしまう辺り、耕平には快楽主義の気があると言えよう。
さて、季節は完全に温かみを帯びた春。
桜の花は次の春への準備をする為、しばしの休憩に入ろうとしている。
舞い散る花びらは器用に耕平だけにぶつからず地面へ。
まるで花びらの方が『アンタなんかに関わりたくないよ』と言っている様。
耕平はそんな事を気にする事もなく、憂鬱そうに正門をくぐる。
「皆元気だなぁ」
サークルの勧誘に必死な同学年、若しくは後輩、或いは先輩の笑顔や声が耕平には遠く感じられる。
そういえば何故自分はサークルに入っていないのかと考えて、同じような勧誘を全てうざったいと思い無視していたらこうなっていた事を思い出した。
もしあの時どれか一つでも心に響くような勧誘があったのなら、耕平のキャンパスライフにももう少し日の目が当たったのかもしれない。
耳を塞ぐのが面倒なので、足早に校舎へと向かっていった。
さすがに去年度の二の舞はしたくないと、新しい年度になってからはある程度生活のリズムを整え始めたが。
「新しいキャラの構成はどうしようかなぁ」
こんな事を言っているようでは、いつまで持つのかと疑問を浮かべる余地もない。
要するに、去年度の二の舞が良いオチ。
下手すれば両親からの仕送りストップと相成るだろう。
「次の講義は午後だな……」
こういう適当な間が空いた時、彼は、
「今年も宜しく」
見慣れた札を見上げ、呟いて。
学生共用コンピュータ室へと足を運ぶ。
ここのパソコンは去年入れ替えられ、当時としては耕平がお気に入りなメーカーのデスクトップPCが35台(内大は修理中、また、2台はコンピュータウィルスに冒されネットワーク遮断中)置かれている。
無駄な設備に金をかけるより、こういうものに金を掛ける方が耕平に取っては有り難い。
「お、誰も居ない」
そりゃ、皆真面目に講義を受けているのだからいるわけがない。
何時も自分が陣取っている隅っこのデスクにカバンを置き椅子に腰掛ける。耕平に合わせて調整された(彼が10分ほどの時間を掛けて調整した)それは何時もどおりの座り心地。
「調整するの面倒だからなぁ」
神経質ともいえる行動だが、こうでないと集中出来ない彼の性格なのだから仕方がない。集中できるのはいいことだが、どうでもいいことには煩雑になる辺り、なんとも言えない。
何時ものように電源をつけ、予め買っておいた紙パックのコーヒーを傍らに。
通常この様な場所では飲食禁止と言うのが当たり前だが、以前ここを管理している助教授がこの場(アプリの街、ノベル職人作品内では)では表現しづらい行為を偶然目撃してしまって以来、助教授本人からばれなければOKという暗黙の了解を得ている。
人間誰しもうっかり何てものはあるが、普段PCを巧みに操る彼はそれに気をつけて扱っている。
というより、自宅のパソコン本体にジュースを零してしまい、それがトラウマに近い現象として頭に残り常に警告を促している。
自宅でやってしまったことも相当焦ったが、大学でそんな事をやってしまっては持っての外。
全ては無意識下だが、だからこそ注意深くもなるというもの。
人がそのPCを使いたくなくなるようなデスクトップ――どんなものかは諸兄等の想像にお任せしよう。間違ってもR18指定のそれではないが――からインターネットのブラウザを立ち上げ、底の無い電子世界へと身を沈める。
同じ趣味を持つ同志の最近の動向をチェックし、気になったところはコメントや掲示板への書き込み。
会話の種になりそうなネタを各所から読み取り頭の隅っこへ。
「スト4の注意書きねぇ……」
ケンばかり使うなとか、当て投げするなとか。
インターネットの特性を分かっていない輩の意見だと思ってしまう。
お互い顔を合わせない世界だからこそ、そういうルールが出来てしまうのかもしれないが、それすらもどこの誰が考えたとも分からないようなルール。
耕平が追求する趣味も、そんなルールはある。
彼自身が守らねばならないと思ったものは守っているし、これはおかしいだろうと思ったものは行動で抗議している。
そのため幾度も言い争いに巻き込まれたし、巻き込んだ。
大半が『自分の為に相手を抑制する』と遠まわしに言っているようなものだから、9割方相手が折れるのだが……。
「ゲームである以上、娯楽に分類されるんだからお互い譲り合いが大切だよな」
そんな感想を呟き、次のネタの探索へ。
「おじゃましまーす!」
とそこへ、明るい調子の声。
「あ」
「え?」
声の主と一瞬だけ眼が合った。
女の子である。1人先行して入ってきて、続けて2人。
先行して入ってきた子を観察してみれば、春らしい色の服装に朗らかな顔がぴったり。身体の線は若干細いがそれがまた、ギャップとなり良い印象。
後方の2人もかなりレベルの高い部類に属されるかもしれないが、先の子は別格といった所。
可愛い。うん、可愛い。かなり可愛い。
「こんにちは」
女の子の表情が少しだけ強張り、そのまま挨拶。
先客がこんな奴じゃ表情が強張るのも当たり前、といったところ。
「……」
耕平は座ったまま会釈を返す。
「ここって誰でも使っていいんですよね?」
若干心配そうに、女の子が尋ねた。
どうやらこんな事を聞く辺り彼女は新入生か。PCの似合わない女の子も居たものだ、と耕平は思った。
「あぁ……うん、ログインとかに必要なIDやパスワードも無いよ」
若干の制限はあるが、それでもかなり緩いほうである。
何故かと言えば、耕平のPCだけその制限を解除してあるというわけで。
たかだが学生に制限を解除されているようでは駄目ダメ、のだめだ。
「そうなんですか、ありがとうございますっ」
それを聞いて安心したのか、女の子達は耕平から遠からず近からずの位置へ。
なんとも微妙な距離感だ。
この主人公に見ず知らずの女の子と愛想よく会話をつなげ続けられるようなスキルがあるかと言えば、第1章1の幕を見れば分かるとおり。
なので、沈黙。
視線の外れで、女の子3人のきゃぴきゃぴとした会話が繰り広げられるばかり。
キーボードを叩く無機質な音は、耕平のそれと違ってかなり軽快で、まるでキーボードが『もっとタイピングしてくれ!』と望んでいるかの様。
「打つの速いねー!」
どうやら後方の2人はPCの知識に関しては疎いらしい。
「これでもワープロ検定1級持ってるんだー」
ちょっと自慢げで嬉々とした表情。やはり可愛い。
「IEかぁ、できるなら火狐ダウンロードしちゃおうかな」
――この娘、中々やりおる。
「何それ?」
「インターネットを見る方法はこれだけじゃないんだよ、むしろIEは駄目な方」
「そうなんだ~。うちも家に帰ったら調べてみようかな」
「火狐って言うのがいいの?」
「ファイヤーフォックス(FireFox)はお勧めかな。人によって違うけど。わたしはスレイプニル(Sleipnir)が好き」
「沢山あるんだね……」
後方の女の子が驚いているのは、恐らく先行の女の子が画面を見ずとも完璧にタイピングを出来ているというのにもあるはず。
「ダウンロードする場所が英語のサイトって言うのが多いから敬遠されがちだけど、そのぶん発展してるじゃない?ってこれは、マスt……知り合いから教えて貰ったんだ」
「何? 彼氏?」
「こういうのに詳しい男の人ってちょっと、あれだよね~」
得てして女の子と言うのは自分の知らない他人=色恋対象としてしまう傾向があるのかもしれない。
「そんなじゃないよー。男の人だけど、本当にただの知り合い」
「男の方は咲の事、彼女だって思ってるかもよー?」
耕平には声しか聞こえないが、表情は恐らくニヤニヤしているのが思い浮かぶ。
「ありえないよ、それは。最近会ってないけどいっつも妹のような扱いされてるもん」
どうやら、PCを操っている女の子は咲、と言う名前らしい。容姿に似合った良い名前だな、と耕平は彼女に名をつけた両親に心の中で勝手な評価。
「分かってないなぁ~。そういう関係だからこそ、恋や愛に発展するんだよ?」
「そうなればいいんだけどね……」
「で、何のサイト見てるの?」
「んー? 知り合いのブログだよ。ほら、ゲームの」
「聞かされるたびに思うけど、ほんっと意外。咲がそういうゲームやってるなんて」
どういうゲームだろうか。
「面白いからいいのっ。良い人ばかりだし」
「咲が女だからって言い寄るのが多いんじゃない?」
事実、どんな状況においても。現実では『女性』というファクターが男性を引き寄せる。
所詮は画面を介しているだけの関係なのに愚かしい。というのは耕平の心境を用いた作者の意見だが。
そういったゲームをきっかけに結婚に行き着いたカップルも居るのだというから中々侮れないにしろ、ゲームにのめりこむようなやからと言うのは大概、
「……」
こんな奴である。
「さーて、わたしもブログ更新しようっと」
「ん」
仕方なく耳に流れてくる会話が、耕平に引っ掛かった。
「あれ?」
「なに、これ?アクセス制限って出てるけど」
「えーっ!?そんなぁ~」
大声が気になったので、視線を向けてみれば咲がへなへなと椅子にもたれかかっている姿が見えた。
「ずっと更新滞ってたから早くやっちゃいたいんだけどなぁ……」
「家からでも良いと思うけど」
どうして咲がここまでの落胆をみせるのかがわからない、と疑問を口に出す。
「なみちゃんは知ってるでしょ? わたしが家でどれだけネットの制限されてたか」
「それは咲が悪いような気もするけどね」
「どゆこと?」
「この子一時期本当に病気なんじゃないかって思えるほどゲームにのめりこんじゃってね。しばらくインターネットの接続切られてたんだって」
「仕方ないでしょ~? 面白いんだもん」
「そんなに面白いならうちもやってみようかなぁ」
「棗さんなら、歓迎するよっ!」
「調子に乗らないの」
「なみちゃんだってやってるくせに~」
「あ、こらっ!それ内緒だって――大体変な虫が咲に寄り付かないように監視してるだけよっ!」
耕平からすれば現実に写るツンデレ。不覚にも可愛いと思ってしまう愚か者。
「くすくす、いいなぁ。ますますうちも仲間に加えて欲しくなっちゃう」
「まぁ、止めはしないけど……。どうするの? これ」
「あ」
輝いていた表情が、再びしゅん、と。
「――フィルターが掛ってるのかもしれないね」
ディスプレイに目を向け、タイピングをしつつ。
まるで興味が無いように、声を掛ける。
「?」
咲達が耕平に注目の視線。
「ここのPC、誰でも使えて一件便利なようだけど。ここからはアクセス出来ないサイトがあるんだよ」
恐らく犯罪の予備防止のようなものだろう。
「例えばウィキペディア。開いてみるといいよ」
「あ、はい」
軽快なタイピング音が数秒響き、
「本当だ……」
咲が開こうとしていたサイトと似たような警告文が、本来ウィキペディアを表示するURL先に出ていた。
「レポートとか資料にそのまんまコピー&ペーストするような不届き者がいてね。この前規制が掛ったんだ」
まぁ、その原因を作ったのはほかならぬ耕平なのだが、ここでは彼が名誉を守る為、黙る。
「アンサイクロペディアが開けるのは皮肉な物だけどね」
「くす……」
咲だけが反応した。どうやら見た事があるらしい。
「何それ?」
なみちゃん、と呼ばれた女の子が咲に解説を求む。
「あとでアクセスしたげる。面白いよ~」
「東京タワーは約213hy(禁則事項です)」
「「??」」
なみちゃん、棗は無反応。それどころか何のことやらと言った表情。
「……っ」
対して咲は笑いを堪えている。
「見ればわかるよ」
「――で、アクセス規制……でしたっけ」
冷静な二人は、さっさと疑問を解消したい様子。
「どうにかならないの?」
「ここを管理してる教授の部屋に潜入して、パスワードを解読して、其処のPCの規制を解除出来ればいいんだけど」
普通の学生ならそんな事が出来る訳ない。
「できるわけないですよね~」
「出来る、かも」
普通なら。
先の文を読み返していただければ、見当はつくだろう。
ただ耕平と言う例外がすでに居る以上、教授もそう快く首を縦に振るとは思えない。
「そこのPCだけを使うって言うなら、何とかできると思う」
だが、利用出来る物は利用する。
「ホントですかっ?」
「流石に今日は無理だけどね」
「それじゃだめじゃないですか……」
耕平が彼女等に声を掛けた理由はほんの僅かな親切心からである。
確かに、3人は可愛い。特に咲に至ってはどストライクだったり。
だがそういう下心を無しにして耕平は、身勝手に話を進めていく。
「僕が今使ってるPCなんだけどさ、ここだけ規制が解除されてたりするよ」
「……ってことは?」
「僕はもうやる事が済んだから、ここを使うならどうぞ」
勿論、ネットの履歴は消去。
見られたくないファイルは隠しフォルダにして(咲には見破られるかもしれないが、何もしないよりましだろうということで)、耕平は荷物を纏めつつ立ち上がる。
「親切心なら受け取りますけど……」
「見返りを求めて咲やあたし達に何かしようとするんなら――」
「するわけないよ。自慢じゃないけど、そんな度胸はないからさ」
そんな事ができるのは趣味に没頭している時くらいのものである。それでも実際の経験が足りないせいで大概は失敗するし、成功しても進展しない。
意味の捉え方は諸兄諸姉等に任せる。
「それでもけいくぁ……警戒するって言うなら、この部屋から出てく。それでいいか、な?」
緊張ソコソコ、セリフ噛み噛み。
睦美のおかげで少しは矯正されたかと思えば、まったくそんなことはなく。
口の回し方だけは饒舌だが耕平は『どうやってこの場面を切り抜けるか』ということに集中していた。
「それじゃ、今日だけお借りしますね。えーと……」
どうやら、名前を訊かれているらしい。
「耕平。藤代耕平。一応環境工学部の3年」
「藤代先輩ですね。わたしは加賀谷咲。環境園芸学部、新入生ですっ。右の子が」
「時田佳奈美、同じく環境園芸の1年よ」
「で、左が」
「伴野棗、以下同文」
それぞれが、それぞれらしい良い名前だと思ったが、口に出したら下心があると思われるため出さず。
「それじゃ加賀谷さん、使い終わったら空調とPCの電源ちゃんと落としておいてね」
「はい! ありがとうございます」
頷いて、咲は名前のように開いた花と思わんばかりの可憐な笑みを浮かべた。
「き、気にしないで」
あまりの眩しさに耕平はどぎまぎ。
睦美とは違って親しみやすいかもしれないが、これはこれで手が届かない存在とでも言うべきだろう。
恐らく今後関わることも、もうないはず。
教室から出て数メートル程進んだとき、ある事に気付いた。
「そういえば」
今回も『女の子の方から』声をかけてきた。
結果的には単なる挨拶と儀礼じみたそれだったものの、会話には違いない。
「1年半分の運がぁぁぁぁ」
がっくりと項垂れつつ、耕平はとぼとぼと廊下を進んでいった――
「もっと食いついてくるかと思ったら、見た目どおりのヘタレだったね」
耕平が完全に消えたところで、棗が呟いた。
「わざわざ場所を空けてくれた人に対して、それは失礼だと思うよ?」
ブログの編集を始めた咲は、不満を言う棗を諌めに掛る。
「駄目駄目! 咲にはアタシがいるんだからっ!」
そこにまったく関係のない佳奈美が先に抱き着いて宣言。
「くすくす……本気で言っているんだとしたら、うちは応援するしかないね」
「え?ええっ?」
言葉の本質が理解できず、咲はただただ困惑するばかり。キーボードは相変わらず叩かれているのだから中々図太い神経を持っているかもしれないが。
「いいのよっ、咲はそうやってわたわたしてれば」
耕平には見せていない、寧ろこれが加賀谷咲と言う人物の素の姿なのだろう。
「まぁ、悪い事をしそうな人には、見えなかったけど」
「でも規制を解除しちゃうなんてロクでもないことしてるんじゃない?」
「また会った時に真相を聞けば良いと思うよ」
「うちはああいうパッとしないのには関わりたくないなぁ~。華やかながら短い4年のキャンパスライフだよ? もっと良いオトコ見つけなきゃ、ね?」
そんな事をいえるのは、ある意味棗だからこその特権。この場合咲が言っても似合わないし、佳奈美に至っては先にしか目がいってないため。
「パッとしない、かぁ」
一瞬だが、咲には耕平の姿がある人物の像と被って見えた。
「でも、マスターにちょっとだけ似てるかも」
佳奈美ほどではないが、よく知る、彼女のとある仲間に。
「ん? 何か言った?」
ぎょろり。
「な、なんでもないよっ!」
ぎくっ。
「あーやーしーいー。吐けッ! 吐きなさい!」
ギリギリギリギリ。
「くるしいよ~」
何時もよりずっと喧しい共用コンピュータ室。
声の本は紛れもなく、別れが運んできた小さな風に過ぎない――
「これで、またマスターに会える……」
第1章 2の幕 了
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Posted on 01:55 [edit]
category: 小説<オリジナル>
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