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Welt wunder

MMORPG「マスターオブエピック」の2次創作&オリジナル小説置き場兼MoE日記。誰が得するかって俺得。

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2009

06/09

Tue.

さよがたり 

第3章 3の幕 「最早さよならとは結びつかない、様々な偶然の流れが行きついた先のようです」



藤代耕平の数奇な現実。
その全ての始まりとなった別れから、それなりの月日が過ぎた。
完全に傷が癒えたとはいえないが、それでも整理をつけて今では立ち直りを見せ始めている。此処まで来るのにいろんな事があり、それらは耕平を困惑させたり嬉しくさせたり、ともかく耕平を人間として成長させた。
「それでその講師が間違った定義を当てはめてるもんだから、指摘したら顔真っ赤にして僕を睨むんですよ」
さておき、立ち直りに関して大きな役割を買っているのが、喫茶エリュシオンの店員や客の面々だ。
「教える側が間違ってたらやってられないよねぇ」
グラスをキュッキュと磨きながら、笑顔で返すのは、エリュシオン店主、ベネット。特徴的なしょぼくれ眉毛は今日もくいくいと揺れている。
「あたしにはよくわからないけど、環境工学だっけ、どんなことをやってるの?」
問い掛けは、フローリングのモップ掛けをしていたエリュシオンの料理人であるドロシーだ。
今日も金髪と快活な表情が眩しい。恐らくベネットとはそれほど年は離れていないだろうが、見た目からは少女と呼んで差し支えのない若々しさがあふれ出していた。
ちなみに、環境工学は、さまざまな環境問題を技術的に解決したり、環境を向上させたりする方法を探ろうとする工学の一分野のこと。広義には、地球環境問題に限らず、生活環境や地域環境も対象に含んだりする。実際に行われている研究は、「環境工学」というくくりよりは、より細分化された専門分野を活用して環境問題の技術的解決を研究している場合が多い。
が、あくまで耕平が積み立てている分野はその入り口に過ぎない。
最先端の専門職に就くとなれば、更なる勉強が必要だろう。
とはいえいろいろな事情が重なって、耕平は就職の道を選ばざるを得ない。
別段環境工学に情熱を向けているわけではないが、知識が身に付いて行くのは気分が良く、勉強しながら専門の道を歩むのも悪くないと思えていた。
「けっこうそのまんまですよ。環境問題を技術的な分野から解決していく為の勉強です」
例えば、騒音問題。
例えば、オゾン層の保護。
例えば、地球温暖化の対策。
一番身近な物で言えば、ゴミ問題とか。
耕平の観点から見ていけば、技術的な切り込みと言うのは懐が非常に深い。
勉強を進めていけばいくほど、テレビで見ていた時とは段違いの危機感を抱いてしまう。
「文明が進めば進むほど星に負担を掛けてしまうのは必然だと思うよ」
ベネットがまるで悟りきったようなことを言う。
「そうねぇ……。文明と自然の共有ってのは限りなく難しい問題よ」
それに同意するドロシー。
「あっちを立てればこっちが立たず、こっちを立てればあっちが立たず。まさにそうですね」
テキストや資料を読み漁るうちに耕平はそんな事を疑問として胸のうちに仕舞っていた。
「例えば遙か高度な技術で自然をコントロールできたとしても、それは技術の力によって押さえつけているだけであって共有とは言えないと思うんだ」
逆も然り。
「かといって自然に依存しすぎたら、文明の発達は望めないわね」
ドロシーの言った事がまさにそれ。
「学園祭で無農薬の野菜を使ったサラダを食べたんですけど、普段食べているのとは全然違ってびっくりした覚えがあります」
思わず売っていた野菜を買いだめして、しばらくの間はスーパーで売っている野菜を食べれなかったくらいである。
「けれど、それって結局人の手が加わってこその味だって、覚えておかないといけないよ」
自然派自然派と謳って、放置するだけでは何の意味もない。
かといって、人が手を掛けすぎてはいけない。
自然と言うのは難しい。
そしてそれは、
「あーもう疲れたー!」
自然体で生きる人間にも当てはまる。
「ベネットさんアイスコーヒーちょうだーい」
来店を告げる鈴を押しのける声が静かだった店内に届く。
「まったく君は……」
ベネットはグラス磨きを止めて、来客の注文した品を作り始めた。
コーヒー豆を挽く時の独特な音が空間に染み込み、喫茶店らしさを強調している。
「渡瀬さん、また授業サボったんですか?」
「5時間目まではきっちりやってきたわよ」
定位置と言える耕平の隣に腰を下ろし、渡瀬文嘉はほっと一息を吐き出した。。
「そこまでやったなら、最後まで責任もって受け持ちましょうよ」
「最後だからこそ、生徒達に全てを任せるの。もう子供と言えない年なんだから、やるべき事は自分でやれるはずでしょうし」
時はもうすぐ夏休み。喫茶店の中は冷房こそ効いていないが、何故か快適に過ごせる温度だ。
「それにしても走ってきたから暑いわ……」
そんな事を呟き、ワイシャツのボタンを1つ、2つと外して涼を得ようとする文嘉。
「あーもう、はしたないですよっ!」
窮屈そうにしていた豊かな丘が少しずつ解放されるのだが、健全で純な耕平には些か刺激が強い。
「見られて減るもんじゃないから、私は一向に構わないわよー」
手をぱたぱた扇ぎながらの答えがこれだ。
普通はセクハラをする野郎側が言う台詞なはずだが、彼女が言うと若干意味合いが違うように感じてしまう。
溜まったものではない。
慌てて文嘉から視線を外すが、しっかりと文嘉の姿が目に焼きついてしまった。
「藤代君こそ、その年で彼女の1人や2人もいないの? 溜めっぱなしは身体に毒だと思うけど、しっかり発散してる?」
「……」
この手の話は耕平が最も苦手とする部類。
黙るが勝ちと、いうわけで。
「手伝おうk――」
「藤代君が困ってるじゃないか、その辺にしておきなよ」
ベネットがそう言いながら車椅子を操り、ゆっくりとカウンターへ向かってくる。
「おまたせ、アイスコーヒー」
「ありがと」
ちゅーちゅー。
ブラックのコーヒーをストローから吸い上げ、嚥下していく。
飲み込む音しかしないが、生々しいそれはやはり色っぽい。
「……で、今日は何の話をしてたの?」
いつだったか文嘉が発したこの切り出しこそが、耕平を立ち直らせた大きな切欠だった。
「藤代君の学科はどんなことをしてるのかなぁ、とね」
「環境工学だったかしら? ってことは、土に還るプラスチックとか人口オゾン層製造機とかそんな勉強してるのね?」
文嘉の言い方は大概大味である。
「そんな大それた事は出来ないですよ。3年つっても齧った程度の事しか勉強してませんし」
耕平が謙虚すぎると言うのもあるが、
「世界を背負って立つ若人がそんなじゃ駄ー目、もっとこう――テラフォーミングレベルの発明をしたら世界中の美男美女があなたに擦り寄ってくるんだから頑張りなさい」
こんな感じで1と0が交信されている。
会話が成立している事自体不思議と言えば、不思議。
「テラフォーミングって、何処のSFですか……」
苦笑しながらカフェラテを口に含み、口腔から喉を潤していく。
別に暑さを感じているわけではないが、文嘉を前にしていると口の中は乾くし、変な汗はでるわで苦労が絶えない。
「そういえば文嘉」
掃除を終えたドロシーが器用にもモップの柄の先っぽへ手と顎を預けながら訊ね掛けた。
「?」
「教員の任期もうすぐ終わるんじゃなかった? 夏まで様子見だって聞いたけど」
「そうよー。問題児だった生徒の素行が良くなったし、これなら大丈夫だろうってことで先週決定されたわ。正確には夏休みが終わるまでだけど、私は部活の顧問をしてるわけじゃないから、殆ど意味がないのよねぇ」
文嘉はグラスの中に入っている氷をストローでからころかき混ぜながら答える。
「臨時教諭も大変ですね」
「まぁ、他にもやる事はあるっていうか……教諭は副業なの」
「教師が副業って……」
教師そのものは副業禁止である。
ということは本業の方は仕事がないのだろうか。
「たまーに長期休暇を取って人と関わる仕事をしなさいっていうのが会社の方針で、私はその副業に教師を選んでるだけ。大学での勉強の賜物よ」
「確かに、定期的に人に関わらないと気分が滅入るかなぁ」
文嘉の本業のの事を知っているのか、ベネットは苦笑しながらそんな事を言う。
「でも教師って逆にストレス溜まりません?」
「普段相対する連中に比べれば中坊、高坊、大坊なんてアラームの鳴らない目覚まし時計と変わらないわ」
文嘉の視線は疲れたものになり、明後日へと焦点が合わされる。
耕平の価値観からすると、失礼ながらこれらより面倒な輩と言うのは限られてくるわけで。
具体的には、伏せておくが。
「はぁ……」
「もう、なんていうか、結構きついのよ?」
「表情を見れば判ります」
「愚痴を聞いてほしいけど、会社の決まり上話せないのが辛いわー。藤代君なら夜が明けるまで聞いてくれそうなのに」
「それはないですよ、さすがに」
こうした交流を行う場での愚痴なら、隣で聞いて適当にうんうんと頷く事は出来る。
しかし、朝までというのは、なんとも。
「どこかに私の愚痴を聞いてくれるためだけの男は居ないかしら」
チラチラ。
「藤代君を困らせちゃ駄目だって」
やはり苦笑を崩さないベネットの眼差しには、ある種の寂寞さが含まれていた。

そうこうして文嘉の話術に躍らされる事しばし。
「――いっけない、また教頭に怒鳴られるわ」
何杯目かのコーヒーを一気に飲み干し、文嘉は立ち上がった。
時刻は5時半に差し迫ろうと、長針が短針をゆっくりゆっくり追いかけている。
「もうそんな時間か……」
最早夏と呼べるこの季節柄、まだ日は沈みきっていない。
急いで帰る事もないのだが――
「僕も今日はこれで失礼しますね」
紙幣を複数取り出し、耕平も荷物を纏めて立ち上がる。
「おつりおつりっと」
車椅子の車輪がキュルキュルと軋む音を立てながら回り、ベネットを運ぶ。
「あぁ、今日はいいんです」
文嘉が飲んだ分も、と言葉には出さず視線に意思を載せて。
「奢ってくれるの?」
耕平の意思を悟った風に言うが、まったくそんな事はなく。
元々はベネット自身が文嘉から金銭を受け取ろうとしないのが真実だ。
理由を語る必要はあるが、此処で語るには少々憚られるため割愛させていただこう。
「まぁ、そういうことにしておきます」
別に借りを作るつもりはなく、寧ろお礼を含めた上での行動である。
「……」
開いたドアから吹き込む温いそよ風に髪を揺らしつつ、文嘉は誰にも見られない様、そっと口元にアーチを浮かべた。
「ありがとう、若人」
振り返るタイミングと共に、何時も浮かべる飄々とした笑顔に摩り替えて礼を告げた。
「…………」
差し込んだ光に照らされたその姿は、耕平を見惚れさせるには充分過ぎるもので。
財布を落とし我に返るまでの数秒間を、何十倍にも引き伸ばしていた。
「綺麗な人だと思うかい?」
唐突に、ベネットがそんな事を訊ねた。
「え、えぇ……まぁ」
テレビの中のアイドル、女優なんて目ではない。
艶やかさだけではない純粋な美しさを見て取れた。
「珍しいことよ? 文嘉が『あんな表情』をするなんて」
空のグラスを片付けながらドロシーが言う。なんだか嬉しそうである。
「何度か見かけたことがありますけど、そんなに珍しいんですか?」
「……君もまだ若いわね」
そんな事を言うと、彼女はどこか文嘉に似た―大人の余裕を湛えた笑みを投げかけた。
「全然若いですよ」
否定する理由も、矜持もない。
耕平が思い浮かべる女性と言う生き物は、まだ蔦だらけの謎だらけ。
「「またのお越しを~」」
「「……」」
ドアが閉まったことを確認すると。
「「遅れてやってきた青春だ」ね」
にやにやが止まらない二人だった。

夜。
夕食後、耕平は何時ものようにネトゲにうつつを抜かしているのだが。
『マスター?』
仲間のチャットに反応できていない。
『マースター!』
『ん?』
ふと我に返り、チャットに表示されている自分への呼びかけを見て、慌ててタイピング。
『ごめんごめん、ぼーっとしてた』
『いつものマスターらしくないですよー』
弟分と呼んで差し支えのないキャラがそんな事を言う。
『勉強のし過ぎで疲れてるのかもしれないなぁ』
『でももう週末です! 勉強の事は忘れましょうよ~』
『何があったのかよくわからないけど、あまり無理はしない方が良いよ』
と、前者はギルドチャット、後者は対1のチャットが飛んできた。
『そうだねぇ、ゆっくり遊べると思うと頑張った甲斐はあるよ』
『ありがとう、まぁ疲れてるのは本当だけどさ』
それぞれに返事をしつつ欠伸を噛み殺す。
『じゃあ週末ゆっくり遊ぶ為に今日はもう落ちるよ』
少々の不満が飛んできたが、少数の意見は多数の説得により折れて。
『おつかれさまですぅ』
最後には挨拶をしてくれた。
『藤代君』
ログアウトの操作をし終える直前、対1のチャットにて実名で呼びかけられたのでハッとして操作を中断した。
『篠崎さん、こういう場で本名呼ばれるとびっくりするからやめてほしいな……』
『ごめんね、ついつい……』
きっと画面の向こうでは苦笑を浮かべている女性――睦美がいる事だろう。
『ちょっと聞きたい事があって』
『何?』
『マイスさんって、うちの大学の子だって聞いたけど本当なの?』
結論から言ってしまえば事実である。
詳しくは第3章2の幕を参照の事。
『そうだよ』
涙を浮かべてまで真実を語っていたのだから嘘と言えるわけがない。
『可愛い子だった』
と、タイピングして、迷う。
「マイス」と言う人物の正体と、その正体を知るきっかけを話しても良いものかと。
『マイスさんって女の子じゃない?』
真実は睦美の口から紡がれた。
『な、何で判ったの?』
迷いは消されて、戸惑いと驚きを含めた言葉を返す。
『オンナの勘、だよ』
『僕はまったくわからなかったんだけど……』
『藤代君なら仕方ないよ』
どうして耕平なら仕方ないのかと言えば、異性だからとか色んな理由がある。
『何かこう、引っ掛かる言い方だね』
『同じ女の子だから判ったの、理由はそれだけじゃないけど……教えない』
『ですよねー』
『とりあえず、また話を聞かせて?』
『本人の名誉が傷付かない程度の事は、ね』
『何かが引っ掛かる言い方は卑怯だよー。勘違いしちゃうじゃない』
真実を話したら話したでろくな事にならないだろうが、もし誤魔化しても睦美は真実を追い求めるだろう。
至極、厄介な話だ。
『それじゃ、おやすみなさい』
だから、睡眠欲求に任せてこの場は逃げる。
『おやすみなさい』
これはこれで別の物語に派生したりするのだが……、この場においては書くにそぐわないため割愛させていただこう。
まさにsneg。

そして、次の日。
耕平は唐突な電子音によって覚醒を迎えた。
聞きなれない電子音の正体は呼び出し鈴である。鳴らされた回数は10回に満たず、半年以上もその音を聞いていないのだから、聞きなれていなくても当たり前。
「……」
携帯で時刻を確認してみれば、7時を少し回ったくらい。
「朝っぱらから誰なんだ?」
誰かと言えば。
「起きなさーい、若人ー!」
昨日も聞いた文嘉の声だった。
「………………は?」
わけもわからず混乱する思考を放り投げ、耕平は玄関へと向かう。
「すがすがしい朝よー! 従順な社会の家畜たちは休み日なのに既に動き出してる時間よー」
何とも失礼な事を吐きながら文嘉は呼び鈴を鳴らし続ける。
耕平には休日そのものであり、疲れているのだから当然惰眠を貪りたい。
もう一度ベッドに潜れば5秒で夢の世界へ旅立てるはず。
「あと10秒以内に開けないと――」
「?」
「ドアを蹴り破ってでも侵入して、見つけたら市内引き回しにするわよー?」
「おはようございます」
んなことされたら溜まったもんじゃないと、観念。
「おはよう、若人」
「何なんですか、朝っぱらから……ってか、どうして僕の家が分かったんですか。というか、僕眠いんですけど」
若干不機嫌さを声音に乗せて思い浮かんだ疑問を浴びせてみる。
「……」
問いには答えず、文嘉はただただ笑顔を浮かべて――
「デート、しない?」
のたまった台詞は、耕平の眠気を別の意味で吹っ飛ばした。

「男の割には随分片付いてるわね、もっとこう……呑み掛けの酒瓶とか処理済のてぃssy」
結局無理矢理上がりこんだ文嘉は、先ほどまで耕平が寝ていたベッドに腰を下ろしキョロキョロと部屋を見回しながらそんな事を呟いた。
「勘弁して下さい、マジで」
げんなりしながらそう返すことしか出来ない。
「で……。正気ですか?」
なんというか唐突過ぎて心臓の鼓動がフリーズしかけてしまったのは内緒だ。
「私はいつだって正気。……ひょっとしてデートの経験がないの?」
否定のしようがない。
誤魔化そうにも、どうせ顔に出てしまうので、
「いけませんか?」
不機嫌さをそのままに返答。
「素直で宜しい」
耕平の表情などどうでもいい、と文嘉は頷いた。
「丁度良いわ、今日一日で女の扱いを覚えなさい」
無理。
絶対無理。
どれくらい無理かって言うと、ヤムチャがセルに単騎で挑むくらい無理。
もっと不思議なダンジョン2F開幕パワーハウスをクリアしようとするくらい無理。
「無理ですよ」
「本当にそれで良いの?」
「……」
真情を見透かすかのように、文嘉は続ける。
「眠り姫がそこら辺にホイホイ寝ているだなんて思わないことね」
所謂シンデレラシンドロームは当然男性にも存在する。
この場合……なんていえば言いのだろう?
中2病? 違うか。
「僕はっ!」
「言い返す暇があるなら準備して、これでも結構忙しいの」
なら何故来た。
「まぁ、いいじゃない。緊張する事はないわ」
「はぁ……」
朝っぱらから盛大な嘆息を一つ残して、耕平は今日と言う日の自由を早々に諦めた。

「といっても、まだ9時にもなってませんよ?」
デートに行くとなれば、当然外の施設を利用しなければ楽しむことが出来ない。
例えば映画館、例えばショッピングモール、例えば――
「別にホテルは行かなくても良いわね、此処で済ませられr」
「ちょっ、あのー」
「冗談よ」
彼女の場合、真顔で言っているのだから冗談に聞こえない。
ただ、と文嘉は被りを振って――
「若人がしたいなら」
怪しい視線を、
「どうでもいいです」
向けられた方はかとなくスルー。
「釣れないのね。朴念仁? それとも役立たず?」
「違いますよ」
具体的に言ってしまうと色々と危ないので、抽象的に言うならば。耕平自身は役立たずではない。
「これでも容姿には結構自信があるんだけど、ストライクゾーンに入ってないのかしら」
ベッドに敷かれた布団をぽふぽふ叩きながら、文嘉は自分の体をアピールしてみるが、
「そういう問題じゃないですから」
「限定的に朴念仁ねぇ」
要するに、耕平の中で性に関しての意識が極端に閉鎖的なのであって、イメージばかり先行しているのである。
まず、それを自分が満たすには相手が居ない。
昨今においては見つけやすい――と言ったらそこら辺の高校生や中学生に睨まれそうなので伏せておくが。
相手を見つけるための努力を怠っていたし、寧ろ女性を怖がっている節すらあった。
もし耕平を恋愛対象に見定める好奇な女性(若しくは男性、或いは地球外生命体)がいるのだとしたら、どこぞの恋愛小説なんぞより余程純愛を楽しめるだろう。
得てして、そういう奴なのである。
「まぁ、どうでもいいわ。散歩でもしながら街に出ればそのうち店も開くでしょうし」
(ごめん、マイスさん……)
帰ってきた際体力が残っていれば、全力で仲間に謝ろうと耕平は心に決めるのだった。

「いい天気ねぇ」
「そーですね」
「このまま夜もずっと晴れているらしいわ」
「そーですか」
お昼の定番番組における定番のやり取りをしながら、2人は街道を歩く。
「こうして並んであるいてればデートに見えるかしら」
「それはないです」
「流石に手ごわいわね」
否定するところは冷静に。
文嘉としては誘導尋問のつもりだったのだろうか。
「とりあえず適当に朝食をとって、そこからは渡瀬さんに任せます」
規則正しい生活をしていると朝食が恋しくなる。耕平は最低限の申し出だけして、あとは文嘉に丸投げする事にした。
「私、に任せて良いの?」
すかさず輝く怪しい瞳。
「……やっぱ適当な買い物と、あとは散策しましょうか」
「はいはい」

1時間程上記のような会話を繰り返し、耕平の空腹が限界になったところでやっと街中に出ることが出来た。
普段は公共交通機関を用いている為、文明の偉大さを思い知らされる。
「ラクドナルド……、エムじゃないのね」
全国でもっとも広がりのあるファストフード店前、見慣れているようで見慣れていない看板を見上げつつ、文嘉はそんな事を呟いた。
「?」
「こっちのことよ」
耕平の疑問をさらりと受け流して、店内へ。
駅の近く、更には休日と言う事もあり既に店内はそれなりの賑わいを見せていた。
客のうち半分がきゃっきゃうふふのカップルで、3割は険しい顔のビジネスマン。2割が同性の友人の集まりといった所。
「いらっしゃいませー! ご注文をどうぞ!」
誰が見ても爽やかだと思える笑顔を浮かべている店員が、きっかりハッキリした滑舌でお決まりの台詞を口に出した。
「ラックモーニングセットを、ドリンクはコーヒーで」
「私も同じのをお願い」
「こちらでお召し上がりですか?」
「……」
これくらいの選択は委ねて良いだろうと、文嘉に視線を送る。
「どちらでも構わないわ」
やっぱり訊ねるんじゃなかったと後悔。
「食べてきます」
中か外か。
視線が突き刺さる度合いを比較して、耕平は少ない方を選択。
ちなみに、会計は当然耕平持ち。
「では出来上がり迄少々お待ち下さい」
「持って行くので適当なトコで待ってて貰えます?」
「えぇ」
最初からそのつもりだったのか、声は離れた場所から。
空いた時間を利用して、耕平は思案の海へ。
疑問はいくつもある。
その中でも最もおかしなことと言えば――
何故耕平を選んだのか、と言う事。
文嘉の遊び方は耕平のそれに似ている。
皆でわいわい遊ぶより、少数若しくは単独でやりたい事をやる。
耕平の場合はネットワーク上の交流があるから少々複雑ではあるが、誰に止められるでもなく遊べるので後者に当てはまるだろう。
そこまで考えて、文下の交友関係を知らないことに気付いたが、同時に知ってどうするという疑問もまた浮かび上がる。
模範解答を挙げるのならば『単純な気まぐれ。子供をからかいにきた』というのがぴったり。
「お客様ー? お待たせしましたっ!」
集中力が欠けているせいか、周りが気になっていたのか、店員に呼ばれるとすぐに我に返った。
「ごゆっくりどうぞー!」
2人分の朝食が乗ったトレーを持って、文嘉の姿を探す。
窓際のテーブルにいた彼女は、耕平に向かって小さく手を振った。
「お待たせしました」
1人分ずつに取り分けて。
「いただきまs……って、行儀が悪いですよ」
文嘉はと言うと、既に食べ始めていた。
「ジャンクフードに礼儀も何もないと思うけど」
そりゃ御尤も。
「いただきます」
それでも耕平は習慣に倣う。
ラックモーニングセットのメインともいえる、S(スクランブル)エッグベーコンマフィンを頬張る。
いかにも人工的な味付けは慣れ親しんだもので、特筆すべき美味さを誇るわけでもないが、定番と言っても差し支えのない絶妙なテイスト。
「1年の頃はこれを頬張りながら大学に向かってたっけなぁ」
その3ヵ月後には金銭的な問題から立ち入る回数が徐々に少なくなり、この系列店に来るのは凡そ2ヶ月ぶりである。
「何時も食べてると飽きるけど、たまに食べたくなる物って、あるわよね?」
「そうですねぇ」
「おとk」
「せめて食べ物を挙げて貰えませんか……。というか、食事中にそういうネタを持ち込まないで下さい」
台詞を遮って、全力の突っ込み。
「……言うようになったわね、若人」
思わず冷や汗たらり。勢い、口調共に言い返す当てもない。
「殆ど渡瀬さんのおかげです」
以前ならば只おどおどしていただけであろう彼を、ここまでアグレッシブにしたのはほかならぬ文嘉なので、成長を垣間見たと例えるもよし。
「まぁ、この後行くところを決めておいて頂戴」
「はいはい」
食事も終えたところで、2人は再び外に出て適当に歩き始める。
食糧品店に雑貨屋から家電量販店、DVDのレンタルショップ、更には金物屋までも。
流石に奪還屋とか『クスリ』屋は無いが、裏通りを覗くとパリッとしたスーツを着たガタイの言いおにーちゃんや露出度の高い服を身に纏ったおねーちゃん達がちらほら。
きっと彼彼女等に昼も夜もないのだろう。
ともあれ。
時計回りでも、反時計回りでもこの通りを一周するだけで見つからない店はないほど充実している。
「随分豪勢な商店街ね」
というのは文嘉の感想。
「僕も最初はそう思いました」
「買出しは最後にして、渡瀬さんはどこか行きたいお店はありますか? 出来るだけ健全な所で」
「健全な所っていうのが引っ掛かるけど……」
大小中様々な外装を持つ店を見回している内に、視線が止まった。
その先にあるのは――
「服の一着でも買っていこうかしら」
通りの中でもかなり大規模な衣料品店。
実際は店内にいくつもの小さな店が並んでいるので、言わば衣服専門のデパートである。
109とかそんな感じの? ファッションに関して作者は知識が無い。全く無い。
よって耕平はよく分からぬままに、頷く。
文嘉が浮かべていた小悪魔のような笑みは、耕平からは見えなかった。

「そうきましたか……」
油断というか、何と言うべきか。
耕平の考えを逆手に取った文嘉の戦略勝ちだ。
「ついてきt」
「嫌ですよ」
肩を掴んできた手をやんわりと振り払い、慌てて首を横にぶるんぶるんと振って拒否。
「ウブねぇ。彼女に似合う下着を選んであげるのも彼氏の役目よ?」
「女性の自由で良いと思います」
「水玉と縞々は浪漫だって同僚が言ってたけど」
「純白が一番です。黒とかも良いですけど」
大墓穴。
「……」
穴があったら引篭もりたい。そんな心情が耕平の中で渦を巻いた。
「まぁ、行って来るわ、そこで待っていて」
どうやら店内引き回しは免れたらしい。ものすごく逃げたい衝動に駆られたが、やっぱ怖いので止めておく。
まだ昼前だと言うのに、物凄い疲れが耕平を包んでいた。
確か入り口辺りにイスが在った筈と、辺りを見回さないように早足で歩く。
「「ふぅ……」」
誰かと声が被った。
同じ境遇に立たされたのかもしれない。
俗に言うリア充が嫌いな耕平でも、この状況に置かれると同情の念を浮かべてしまう。
「ん? お前……」
また別の声。
なるほどダブルデートか、ご愁傷様。
「?」
どんなイケメンが被害にあったのかと顔を見てみたくなった。
「「「あ」」」
目線が合い、以前人悶着あったと言う記憶を甦らせる。
「えーと……」
耕平は、別の意味で帰りたくなった。
「久しぶりだな」
この良い声は紛れもない、彼。
「お前もデートかよ」
顔に見覚えがあるのは向こうも同じな様だ。
しかし、以前見た時の様な怖さが無い。まるで耕平と同じ心境だと見て取れる。そしてとことん疲れているのも表情から判る。
「デートなんていうものじゃ、ないけどね」
相手の方はデートだといっているが、耕平からすれば体良く振り回されているとしか思えないわけで。
「「……」」
気まずい沈黙。
「なぁ」
「?」
出来るだけ関わりたくなかったが、彼から関わろうとするのなら致し方なし。逃げる必要は無い……というか進むも地獄、逃げるも地獄。
「この前は、悪かったな」
ところが、彼の口から出てきたのは啖呵は無く、侘びの言葉。
「は?」
「いや、なんつーか、ビビらせちまって」
彼――曾我雄司は気恥ずかしそうに頬をポリポリ掻きながら、そう続けた。
以前会った時とは違い、自然な髪型にごく一般的な服装をしている雄司は充分イケメンに見えた。
「別に気にする事は無いよ、確かに怖かったけどさ」
劇的!
ビフォー(1章3の幕)
アフター。
人間見た目が9割と言うが、雄司にしろ、彼の取り巻きである男――岩久保敬介にしろ印象はほぼ反転しており、爽やかささえ感じられた。
「俺達、色々あってよ。真面目に勉強して大学を目指すことにしたんだ。今日は息抜きでな」
「それって、いつもパネェパネェ言ってる彼も?」
雄司を慕っているもう1人の取り巻きの姿が見当たらないが、当然彼にも変化はあるだろう。
「轟か……あいつは、就職だと思うぜ」
雄司は何気なく煙草を取り出したが、店内禁煙の看板を見て、おずおずと紙パックをポケットに戻した。
「そっすね。結婚を迫られてるとか言ってましたし」
「結婚!?」
思わず噴いた。
失礼ながら耕平は彼が一番女に縁がないと思っていた。間違いではないが――
「はははっ! やっぱ驚くよな?」
雄司は事情を知らぬ耕平を余所に腹を抱えて笑い出す。
「おーい! 轟!」
「何っすか?」
敬介の呼びかけに、ガタイの言い男が衣服の掛けられている棚の間からひょこっと現れた。
なるほど、見た目こそ雄司や敬介に習ってしゃんとしているが、表情や雰囲気はあまり変わっておらず、関係もそのまま継続されているらしい。
「お前、今日なんで此処に来てるんだっけ?」
「そりゃあ……フィアンセの誕生日プレゼントを選びにっすよ?」
若干恥ずかしそうに、波根洲轟はそう答えた。
「……」
思いも寄らぬ真実に絶句する1人と爆笑する2人。店員が迷惑そうな視線を浴びせかけるが、そんなの気にならなかった。
「ねっ! こんなのどうー?」
そこに文嘉が一着の薄い布生地を持ってきた。
「僕に聞かないで下さいよっ!」
確かに彼女が持っていた布生地もとい下着は純白だったが、やたらと生地の面積が薄く、もうそれは見る物の想像を掻き立て欲を暴走させかねない代物だった。
「って、先公、あんたなんで此処に!?」
何故か雄司と敬介が驚きの声を上げる。轟に到っては口をポカーンとしている。
「おや若人達。私は彼とデートだけど、貴方達こそどうして此処に?」
胸を張りさも当然にデートだと言い切るが、やはり耕平からすれば拷問に近い。
「渡瀬さん、ひょっとして……教え子さんですか?」
「そうよ、可愛い生徒達」
「偶然って怖ぇぜ」
同感と、耕平は相槌を打った。
「ゆーじさーん! 決まりましたっ!」
更にそこへ少女が1人、明らかに値が張りそうな服を片手に走ってきた。
「た、タイミングが悪いぜ」
「あら、曾我君ってばロリコンだったの?」
「ぁんだよ! 文句あんのか?」
「恋愛は自由よ、警察に厄介にならない程度に楽しみなさい」
耕平の方を抱き寄せて、文嘉は満面の笑顔で言う。
「まったく、あんたが言うと説得力があるぜ」
少女から服を受け取った服の値段を確認しながら、雄司は苦笑した。
「これなら予算内だ。買えるぜ」
「本当ですか!? ゆーじさんの懐の熱さはマジパニェ……パネェっす!」
轟の口癖である台詞がこの少女から出たと言う事は、彼女は轟の肉親だろうか?
そう思って、耕平は二人を見比べてみるが、何をどう間違ったらこんなに容姿の違いが生まれるのか不思議でならなくなっってしまった。
「藤代、っつったっけ?」
服を買ってもらえるのが嬉しいのか、抱きついている少女をいなしつつ、ふと雄司は言った。
「うん」
「お互い、苦労するよなぁ」
「本当だよ……」
「「どういう意味?」ですか?」
「「そのまんまだよ」ですよ」
その後しばしの間、その衣料品店から笑いが途絶えることはなかった。

雄司等と少々遅めの昼食を取り、分かれた後のこと。
「変わったと思わない? あの子達」
「そう。ですね」
変わりすぎである、何が彼らをああさせたのか。
「全員好きな子が出来たのよ。曾我だけは、恋と呼べるようなものじゃないかもしれないけど」
それらの詳細は、また別のお話。
「詳しくは知らないけど、大学を目指す気になったらしいわ。曾我は元々勉強が出来るほうだったから、良い教師役。岩久保……って、さっき曾我と一緒に笑い転げていたのは大学に好きな人が居るから受かってから告白しに行くらしいわよ」
「はぁ……」
落とし損ねた青春を必死になってばら撒く彼らの姿はどこか楽しげで、図らずも自分には無い経験を羨ましく思ってしまった。
「さぁ、買い物も済んだし、次は――」

「此処も来るのは久しぶりだなぁ」
いくつもの音楽が混じりあい喧しくも、賑やかなそこは、ゲームセンター。
「遊んで帰りましょうか」
「はい」
FTOを始める以前と、ほんの一時期だが、耕平はゲーセンに入り浸っていた。
当時やりこんでいたゲームがあったからだ。
「何をやろうかしら……」
文嘉はお目当ての筐体の前に足を向けたが、既に先客が居たので諦めて逸れてしまった耕平を探す。
「居た居た」
「まだあるんだなぁ、これ」
特徴的な筐体を前に、耕平は安心した。
「なにこれ、小太鼓の鉄人のパチもの?」
「鉄人の方が後発なんですけどね」
「パーカッションフリークスとギタージャンキー? 何か怪しい名前ね」
商標上の名前変更と言ってくれ。
「僕、一時期ずっと『パカフリ』にハマッてたんですよ」
パーカッションフリークス、ギタージャンキー。
どちらも音ゲーである。
諸兄諸姉等の世界にある某音ゲー達はこの名前で存在していたりする。
パカフリの場合、曲それぞれ落ちてくる譜面に併せて、該当するドラムのパーツをタイミングよく叩いていくゲームである。
その他システムの説明については、ほぼ割愛させていただく。
「へぇ、上手なの?」
「全然下手ですよ、今は尚更体力も落ちてますし」
デモ画面を眺めるだけで、当時も今もハマッたら一直線だと思い知らされる。
「藤代君の格好良いトコ見てみたいわ」
「真顔で言われても……」
正直自信はなかった。
「失敗しても笑わないから、お願い?」
静かな押し問答は数分続き――
「あーもう、分かりましたっ。分かったから勘弁して下さい」
結局耕平が折れた。何を勘弁してほしいのかは、読者諸兄諸姉等の想像に任せよう。
「ひゅーひゅー」
財布から硬貨を取り出し、スリットに放り込む。
筐体に備え付けられていたスティックを手に取り感触を確かめる。色んな人物により使い古されたスティックも悪くは無いが、家に帰ればマイスティックがある。出来るのならそれを使いたかった。
「まだあの曲は残ってるかなぁ……」
元はと言えば、その曲を好きになったのがパカフリを始めたきっかけだった。
「――あった」
曲目『Infinite Blue』作曲者はddbとなっている。
以前と同じ設定にして、いざスタート。
シンバルがなる事で始まるその曲は、ギターとベースの重厚なハーモニー、どこか爽やかさを醸し出すストリングスのアクセント、軽快ながらも流れるようなドラムのリズムが特徴的なロックミュージックだ。※
初めてこの曲をプレイしたときは、前奏中にゲームオーバーになってしまったことを今でも覚えている。
悔しくて何度もプレイした物である。
それこそ指に出来た豆が潰れても、大学の講義に遅れようとも……とにかくこの曲をクリアし、全貌を耳にしたかった。端から見ればジャンキーだったかもしれない、当然自覚はある。
「……」
だからこそ。
体が、譜面を覚えている。この場面はこう、次はこう。そんな風に。
問題は細くなった腕が、動いてくれるかどうかだ。
後ろで見ている文嘉の表情は窺い知れない。だが、そんなことどうでもよかった。
まるで当時の戻ったときの様な熱さが、そのまま甦っていた。
やがてSTAGE CLEARED!とディスプレイに文字が表示されたのを確認すると、耕平は振り返った。
「やるじゃない」
意外だといわんばかりの表情を浮かべて、文嘉はそう言って小さな拍手を送った。
素人目に見ても(というか素人だからこそ)耕平が選んだ曲の難易度は、プレイを見ているだけの彼女に伝わっていた。
「完璧とは言えないですけど」
流石に全部が全部完璧と言うわけでもなかったが、久しぶりにしては上出来だといえるだろう。
「体が覚えていたみたいです」
少なくとも、醜態を晒さなくて良かった、と耕平は心の中で安堵した。
「他にはどんな曲があるの?」
「僕が当時やってたので良ければ……」
何時の間にか、文嘉は耕平をからかわなくなり。
耕平は、ストレートに文嘉の言葉を聞いていた。
2人共、時を忘れるほどに楽しんでいた――

そして、何時の間にかに夕暮れ。
「そろそろ、帰りましょうか」
「そうね」
疲れていたが、歩いて帰りたい気分だった。
街頭がちらつき始める中、2人は並んで影を伸ばす。
「私、ここにきてから……というか、今まで教師として行った街で、知り合いを作った事が無かったの」
その途中、唐突に語りだした。
「ベネットさん達は?」
「あの人たちは元からの知り合い。結構長い付き合いになるわ」
やり取りを見ていれば、分かることだった。
「実際本業中のリフレッシュと言っても、友人とかある程度立ち入った関係を作りたくなかったの。別れが寂しいから」
「もう二度と会えないわけじゃないでしょう?」
「そういう意味じゃないのよ。本当に会えなくなる事がある」
そんな別れを、彼女は幾度も体験してきた。
「正直君を助けたのも本当に気まぐれで、もう関わることはないだろうって思ってたわ」
「ですよねー」
それを些細な偶然が繋いでしまった。
「失礼だけど、からかうのは楽しかったわ」
「おかげで冗談に冗談を返すスキルはあがりました」
それも、文嘉が呆気に取られるレベルの、である。
「まだまだ器の小さい若人なのが残念ね」
「元々そんな大きい器じゃないですから……」
苦笑して返す。今こうして美人と並んで歩いているというのに、ドキドキしていないのは大きな成長だが、結局の所ここまででしかない。
「もっと自信を持ちなさい。耕平」
そう言って文嘉は、耕平の左手に己の右手を伸ばし指を絡ませる。
「えっ」
「もし本当に、どうしてもって言うときは、私が捕まえに来るから」
夕陽の紅を乗せた極上の笑みは、
「プレッシャーを掛けないで下さいよ」
優しく耕平を包み込んだ。
手を繋いだまま進めば進むだけ、別れの時は近づく。
遂には耕平の自宅前。
「気が向いたら、また逢いに来るわ。いつになるか解らないけど」
名残惜しそうに繋いだ手を放すと、文嘉は今までに浮かべたことの無い……生娘の様な微笑みを浮かべた。
「渡瀬さん」
向かい合ったまま、耕平は真剣な眼差しで言う。
「何?」
「き、気が向くまで……その、待っていても良いですか?」
台詞を紡ぐまで、耕平は正直こんな事を言えるとは思っていなかったのだが。
しかし、こう言いたかった。
「若人にしては、ませたことを言うのね」
「言わなきゃいけないような気がしたんです」
互いが互いの背中に腕を回して、ぎこちなくも影は一つになった。
「それじゃあ、耕平。……さよなら、また逢いましょう」
どちらとも無く影は別れて。
「はい、また。文嘉さん」
耕平は小さくなっていく背中を、いつまでもいつまでも見つめていた――

第3章 3の幕「さよならは誰かを幻想へと導く挨拶のようです」


かくして、さよならという別れから唐突に始まった、内向的だった青年の短い物語は、一時的に総ての幕を閉じる。

ここまでの藤代耕平と言う人物の歩みは、何処を向いても偶然が呼び寄せた奇跡と言えよう。
中にはさよならとは関係のない出会いもあったかもしれないが、それらは少なからず彼を変えたことには他ならない。
彼が選ぶ道の先に待ち受けているのは、幸せな日々か。
それとも。
「あ、私ー。一旦そっちに戻るわ」
『渡瀬、お前何か良い事あったのか?』
「えぇ、あったわ。生きる気力を見つけるほどの、とびっきり良いこと」
日常とは掛け離れた、さよならを呼ぶ辛い世界か。
それは、気付かぬうちに迫られる選択だけが知っている。
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Posted on 08:04 [edit]

category: 小説<オリジナル>

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